古代の信仰について考えさせられるかも!? 二宮赤城神社と「御神幸」

古代の信仰について考えさせられるかも!? 二宮赤城神社と「御神幸」

http://tomanosu.hatenablog.com/entry/2016/06/09/204208

赤城大明神の論社【二宮赤城神社】とは

御鎮座は、群馬県前橋市二之宮町。

式内社(名神大社)論社、上野国二宮論社。

赤城神社の総本社と推測される一社。

榛名山・妙義山とともに上毛三山(かみのげさんざん)の一つである赤城山の山麓に鎮座し、赤城山を神体山とする。

関東地方を中心として全国に約300社ある赤城神社の、本宮と推測されるうちの一社である。

御祭神

豊城入彦命 (とよきいりひこのみこと)

大己貴命 (おおなむちのみこと)

宗像三女神 (むなかたさんじょじん):

-市杵嶋姫命(いちきしまひめ)

-田心姫命(たごりひめ/たきりびめ/たぎりひめ)

-湍津姫命(たぎつひめ)

天忍穂耳命 (あめのおしほみみ)

天之笠早命 (あめのかさはや)

熊野久須毘命 (くまのくすび)

活津日子根命 (いくつひこね)

天津日子根命 (あまつひこね)

和久産巣日神 (わくむすび)

大物主神 (おおものぬしのかみ)

建御名方命 (たけ みなかたのかみ)

創建

創建不詳

http://d.hatena.ne.jp/hantubojinusi/20140603/1401795750

御由緒

社創建は不詳。

人皇11代垂仁天皇(紀元前29年~70年)、あるいは景行天皇(71年~130年)の御宇(ぎょう)に創建されたと伝えられる。

この地は赤城山南面で赤城信仰の上で絶好の地点でもある。

(西側には荒砥川(あらとがわ)、東側には粕川(かすかわむら)が流れていて共に赤城山を水源としている)

二宮赤城神社の東北方には、大室の二子古墳をはじめとして多くの古墳が存在している。

上野国の名族「上毛野氏」の本拠地と推定されていることは往古より信仰と共に栄えた証とも云える。

六国史には「赤城神」に対する数度の神階奉授の記録がある式内社「赤城神社」の論社は他に、赤城山山腹の三夜沢赤城神社、山頂の大洞赤城神社があるとされている。

鎌倉時代の建久5年(1194年)、源頼朝による社殿修繕の記録がある。

戦国時代に入ると、二宮赤城神社は南方氏(北条一門)により破却され衰亡した。

再興は江戸時代に入ってからで、三夜沢赤城神社(西宮)の影響下であった。大胡城に入った牧野氏により社殿が整備された。

明治時代には郷社に列した。

三夜沢・大洞・二宮の三社を合わせて国幣中社にしようとする動きもあったが、終戦により実現はしなかった。

現在、この三社は綺麗に一直線に、赤城山を駆け上るかのごとく鎮座している。

https://ameblo.jp/aozoradaisuki123/entry-12198235740.html

二宮赤城神社の御利益

良縁祈願

病気平癒

家運降昌

起業成就、商売繁盛

海上安全、航海安全、豊漁祈願、水難守護、

安産祈願

五穀豊穣

武勇掲揚、勝利祈願 他

二宮赤城神社の伝説

《上野国一之宮事》

南北朝時代成立で各地の神社の縁起が掲載されている『神道集』巻第736話による。

あるとき赤城の神が絹機を織るのに「くだ(生糸)」が不足して困った。

思案の末、貫前の神は外国から来て機織が上手であるから持っているであろうと考え、貫前の神に頼んで生糸を借りて織りあげたというもの。

このような技術をもった神が他国へ移っては困るので、赤城神社は一宮であったが、その地位を抜鉾大明神(元一之宮貫前神社、いちのみやぬきさきじんじゃ)に譲って二宮になったという。

つまり、貫前の神は渡来系の神で、赤城の神は上野国の土地に以前から住んでいた人々が祭っていた神といえる。

そして、この頃は少なくとも二宮赤城神社の方が一之宮貫前神社よりも広く一般から信仰され、崇敬が厚かったことを物語っている。

《御神幸(ごじんこう)》

御神幸二宮赤城神社と三夜沢赤城神社の間を御神体が往復する行事である。

二宮赤城神社の娘神が三夜沢赤城神社の父神さまに一年に二度着物を作って届けるという話もある。

二宮赤城神社独特の神事であり、毎年4月と12月の初辰日に行われる。

御神体(神輿)は、神鉾・神衣(かむみそ)であるという。

娘神である二宮が、父神である三夜沢赤城神社へ衣替えのため渡御するという伝承がある。

古くは神衣祭(かむみそさい)と呼ばれていたが、現在は御神幸またはオノボリと呼ばれている。

当日、氏子総代が集まり祭典を行い道中の無事を祈る。

以前は拝殿から神輿を三夜沢までの12Kmを徒歩で担いだ。現在は車を使用している。

途中、大胡神社(旧近戸神社)と柏倉町の「お輿懸((阿久沢一家)」の2箇所で休憩し、接待を受ける。

この神事は、山宮と里宮の関係を示す行事で、古代の信仰を考える上で重要である。

前橋市重要無形民俗文化財に指定されている。

三夜沢にある古墳時代中期(5世紀後半から6世紀前半)の祭祀遺跡「櫃石」(ひついし)は二宮の真北に位置している。

元和9年(1623年)の銘がある梵鐘は、赤城山神宮寺に奉納されたもので、御神幸の時のみ撞かれる。

神衣も実際に織られるのは60年に一度。群馬県重要文化財。

http://www2.gunmabunkazigyodan.or.jp/cgi-bin/item.php?id=66

二宮赤城神社の見所

《納曽利面(なそりめん、群馬県指定文化財) 一面》

太々神楽、式三番叟(附 伝授書)が市の重要無形民俗文化財に指定されている。

裏の朱書から、享徳2年(1453年)の神社再興の際作られたと推定される舞楽面「納曽利面(なそりめん)一面」が伝わる。

竜の面といわれる舞楽面である。

外に出すと雨が降るといわれている。

http://www.city.maebashi.gunma.jp/kurashi/230/266/269/p003172.html

《梵鐘》

元和9年(1623年)の銘があり、赤城山神宮寺に奉納されたもの。御神幸の時のみ撞かれる。

http://www.群馬b級スポット.net/ma7.html

周辺おすすめスポット

《茶香坊》

日本茶、中国茶、紅茶などを販売しているお茶屋さんに併設された和風カフェ。

所在地

群馬県前橋市六供町546‐2

アクセス

二宮赤城神社から約10Km 車で約25分

HP

http://chakobo.co.jp/sp/cafe.html

 https://ameblo.jp/k-yammy/entry-12255499130.html

《赤城フーズ カリカリ梅の製造工場見学》

1971年(昭和46年)、日本で初めてカリカリ梅を開発した赤城フーズの工場見学が可能。

工場見学の後には、直販コーナーへ。

「甘梅」「梅五徳」をはじめ10種類以上のカリカリ梅のほか、約100種類のお漬物や食品を取り揃えている。

熱中症対策の人気商品。

所在地

〒379-2153

群馬県前橋市上大島町84番地

アクセス

二宮赤城神社から約6.5Km 車で約15分

HP

http://akagi-foods.co.jp/

見学時間

要確認(赤城フーズ株式会社 直販部 027-261-2345)

 

http://www.akagi-foods.co.jp/factory.html

【二宮赤城神社】へのアクセス

所在地

群馬県前橋市二之宮町886

お問い合わせ先

TEL:027-268-0276

交通機関

【公共交通機関のご利用】

前橋駅(JR東日本両毛線)から、バス(東大室行き)で「二之宮町神社裏」下車 (下車後徒歩約7分)

【自動車のご利用】

「神橋」から約15分。滝尾神社のそばに駐車場有。但し、道が狭く車のすれ違いに要注意。

ホームページ

公式ページなし

http://www.maebashi-cvb.com/nature/akagi/akagijinja.htm(前橋市紹介ページ)

マップ


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